もっとも鈍いもの

数日前のある朝、

唐突に、私は笑いたくなりました。

おかしくて おかしくて

すっきりと、あざやかに見える風景が

あまりにも当たり前に、目の前にあることに

驚きつつも、面白く感じられて

まるで、憑き物が落ちたかのように

私は軽くなりました。

 

それは、うまく言えないのだけれど

吉野弘さんの、『最も鈍い者が』という詩に

現されている気がして

ああ、本当にそうだ・・・と

静かな喜びのなかで

その詩を読みました。

饒舌と沈黙・・・

その意味に気付いた上で、

どうしても心から湧き出てくる言の葉だけが

詩になり得るのかもしれません。

 

以下に、吉野さんの詩を引用します。

 

 

 

最も鈍い者が     吉野 弘

 

言葉の息遣いに最も鈍い者が

詩歌の道を朗らかに怖さ知らずで歩んできたと思う日

 

人を教える難しさに最も鈍い者が

人を教える情熱に取り憑かれるのではあるまいか 

 

人の暗がりに最も鈍い者が

人を救いたいと切望するのではあるまいか

 

それぞれの分野の核心に最も鈍い者が

それぞれの分野で生涯を賭けるのではあるまいか

 

言葉の道に行き昏れた者が

己にかかわりのない人々にまで

言いがかりをつける寒い日

 

 

『饒舌と寡黙の間』という詩を書きました。

「わたしはここにいる」の、三番目です。

よろしければ、どうぞ!