その1

2013-07-07 17:56:01

 

たあんす、ながもち、どの子がほしい

あの子がほしい

あの子でわからん

相談しぃましょ そうしましょ

勝って(買って)うれしい花一匁

負けて(まけて)くやしい花一匁・・・

 

 地方によって多少の違いはあるだろうが、昔はどこででもよく見られた子供たちの遊び風景。上は、その『花いちもんめ』の歌詞の冒頭である。

 百合子はこの歌を聞くと、背中になんとも言えない悪寒が走る。わらべ歌にありがちな「本当は恐い・・・」のような事とは関係がない。

 確かに『花いちもんめ』も、「本当は、女の子を売りにやる話」だとか、まことしやかに囁かれたりもするが、百合子の背中に戦慄が走るのは、幾つかの記憶が絡まり、ほどけなくなっていることが原因であった。

 

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 百合子は幼い頃、小さな田舎町の市営住宅に住んでいた。川が海に流れ込む、ギリギリの河口付近。大きな橋と、堤防、そして河原が、その付近一帯に住む子供たちの恰好の遊び場だった。

 まだアスファルトで舗装された道路は少なく、荷馬車が通ると、土や砂利の道には、馬糞がぼたんぼたんと落とされていく。春、雪解けの季節には、ことさら馬糞の匂いが強く感じられ、百合子にとって春の訪れは、花の芳しい香りと共に、馬糞の匂いによっても運ばれてきたものだった。

 そんな春のある日曜日、百合子の家の近くで嫁入りがあった。当時田舎では、祝言(シュウゲン)を自宅で行うのが一般的で、結婚式場なるものは、百合子が住む町には一つも無かった。

 花嫁行列があると聞いて、百合子は一目散に家を飛び出し、大勢の大人たちの間をすり抜けて、行列の先頭が見える所まで走った。

 白い角隠し(つのかくし。わたぼうしとも言う)の下から、真っ白い化粧をした肌に赤い紅をさした唇が見えた。小さい百合子からは、角隠しで隠れた花嫁の顔の、ほぼ全貌が見えた。花嫁は口角を少し上げ、笑っているかのようだったが、その目は笑っていなかった。瞳はうっすらと涙に濡れ、悲しげな瞳で足元を見ながらしずしずと歩いていた。キレイ・・・と、百合子が花嫁の足元から頭まで視線をスーっと上げた時、花嫁の目が、百合子の目とピッタリ合った。その黒い瞳の奥を見た瞬間、百合子は金縛りにでもあったように、ポカンと口を開けたまま、しばらくそこを動けなくなってしまった。

 

 祝言の日から一週間が経ち、百合子が近所の遊び仲間といつものように土手で遊んでいた時だ。誰かがこう言った。

「花嫁さんとこへ遊びに行かないか?」

子供たちは、一週間前に嫁入りした、名前のわからないその女のことを「花嫁さん」と呼んでいた。子供は幼稚園から小学校5年生までの男女混合総勢8名である。そんなに一度に押しかけて迷惑じゃないかという意見も出たが、興味には勝てないのが子供の常である。すぐにみんなで行くことに決定した。

 その家は、あまり近所付き合いをしないことで有名な姑さんも同居している。子供たちは、ちょっとばかり勇気を出して玄関に入った。

 

 案外スムーズに家の中に上げてもらい、座敷に座らせてもらった。みんな緊張していたせいか、小さい子供もはしゃぐことなく、おとなしく座っている。花嫁さんは口数の少ない女だったが、子供たちのそんな様子を見て、クスっと笑い、

「みんなで『花いちもんめ』しようか。」

と言った。

 優しい人で良かった・・・百合子はこの時、内心ほっとしていた。嫁入り行列で見た、あの黒い瞳が、今にも百合子を吸い込んでしまいそうな深い闇のような瞳が、百合子の脳裏にまだこびりついていたからだった。

 しばらく『花いちもんめ』で遊んだ後、長居は遠慮しようと、年かさの健太が、気を遣い始めた。花嫁さんは優しい女性ではあったが、その家は居心地がいいという感じではなかったから、みんなすぐに賛成し、口々にお礼を言って、その家を出た。その日以降、誰も花嫁さんの家に行こうと言い出す者はいなかった。


続く