その2

2013-07-07 22:52:05

 

 それから半年が過ぎ、川に沿った堤防に、真っ赤な彼岸花が咲き並ぶ季節となった。百合子たちは相変わらず河原と土堤を遊び場にして、学校から帰った後、日暮れるまでの時間帯を目一杯走り回って過ごしていた。まだ、今のように学習塾やスポーツクラブなどが子供の生活に入り込む前のことである。

 その日も百合子は、仲間と鬼ごっこやかくれんぼをしていた。鬼ごっこには幾つかパターンがあり、色鬼、高鬼、缶けりなど、趣向を変えて飽きるまで遊ぶのだが、何度目かのかくれんぼの時、百合子は異様な体験をすることになった。

 堤防の上の道路はまだ舗装されておらず、車が走る度に乾いた土煙をあげる。今ほど交通量は多くなかったから、道路を駆け回ることもあるのだが、かくれんぼは土堤の斜面、川側ではなく、民家の裏に続く斜面でするのが通例だった。見通しのよい堤防の上の道路では隠れる場所などなかったのだ。それに対して斜面の方は、木がたくさん生えていて、背の高い草も雑多に生い茂っていたから、隠れるのにはちょうど良かった。

 百合子は夢中で隠れ場所を探している内に、妙なものを見てしまった。斜面の中腹から見下ろすと、どこかの家の裏庭があった。ここは確か、あの花嫁さんの家の裏庭だ・・・百合子は思った。しかし、不思議なことに、そこはまるで空き地のようにガランとして、物干し竿などの、人の生活の跡がまるでなかった。

 あるのは、小さな祠(ほこら)と一本の柿の木。そして、祠の前の空間で踊る一人の女・・・。

 女は裸足で踊っていた。いや、踊っていたと言うよりは、踊り狂っていた。白い長襦袢(ジュバン)に真っ赤な細い帯。髪は長くほどけ、乱れている。そして、鈴の音。

 百合子は一瞬凍りついた。見てはいけないものを見てしまった気がして、(私が見ていることを知られてはいけない・・・)咄嗟にそう思い、百合子はそっと木の陰に隠れた。心臓がトントン音を立てる。どうしたらいい?

 女は踊り続けている。しばらく動けずにいた百合子だが、ようやく心を落ち着かせ、足音を忍ばせてその場を離れた。

 

みんなの所に戻っても、百合子の心臓はまだ激しく音を立てていた。

「百合ちゃん、見っけ!」

もう他のみんなも見つかっていて、百合子が戻ったことで、その日のかくれんぼはおしまいになった。

 百合子は、さっき見たばかりの光景を誰にも話さなかった。もし話したら、きっとみんな「見に行こう!」と言うに違いない。あれは見てはいけないものだったんだ。何故そう思ったのかは百合子にはわからなかったが、あの気持ち悪さが尋常ではないと直感していた。

 しかし、数日が経ち、次第にその恐怖も薄れ、百合子の中で好奇心がムクムクと顔をもたげてきた。一人でもう一度あそこに行く勇気はない。だが、みんなとなら行ける・・・。

 土曜日の放課後(当時は土曜日も午前中授業があった)、百合子は何人かの友達にあの日見た光景を話した。案の定、友達は興味を示し、さっそく学校から帰って昼ごはんを食べたら、その空き地を探しに行くことで話はまとまった。

 近所の仲間だけでなく、百合子の同級生も加わり、十数人が堤防に集まった。

 ところが、どこをどう探しても、そんな空き地は見つからない。ただ、小さな祠だけは見つかった。ちょうどあの「花嫁さん」の家の裏辺りにある、表通りへとつながっている細い路地に、その祠はあった。

「空き地なんてないね。」

「こんな細い路地じゃ、人が踊るのは無理だよ。」

「夢でも見てたんじゃないの?」

うーん、そうかもしれない。百合子は自分の記憶に自信が無くなってきた。

 結局、空き地は見つからず、百合子がかくれんぼの途中、木陰で居眠りしてしまい、寝ぼけて見た夢という結論で、みんなは納得した。

 その夜、百合子はいつもの土曜日と同じようにバラエティー番組を見て、アクションドラマを見て、それから布団に入った。そして、その後しばらくは忘れられない怖い夢を見た。


続く