藤(その2)

 2013-06-30 17:43:07

 

 時間というものを、君は一方的に流れるものだと考えているだろう。過去から未来へと流れる時間の中の時代であり、人生であると。時間をそう捉えた時には、過去の時代に生きた君と今の時代に生きる君、そして千年後の君は、別の人間で、肉体も人格も違うから、それを生まれ変わりと思ってしまうんだ。でも、そうじゃない。君はいつでも君だし、今はいつでも過去の全てを含み持っているんだ。つまりね、千年後の君にとっての今の君は、千年後の君自身でもあるということだよ。僕が今君に話しかけていることは、全て千年後の君に話しかけているということにもなるんだ。

 君は今の人生を懸命に生きていく。大した花は咲かないだろうし、多くの人に愛され、チヤホヤされることもないだろう。苦しいこともいっぱいあるさ。今日のように、むりやり梅の木と引き剥がされる哀しみを味わうこともある。だけどね、これだけは忘れないで欲しい。必ず君のそばに僕がいるということをね。それさえ忘れなければ、君は自分を見失うことはない。

 さっき、藤の話をしたね。藤の娘はあでやかな藤の花。君という木に絡みつき、成長を曲げる。だけどね、その藤の娘が、直接君を損なわせるわけじゃないんだ。君の中には二人の自分がいて、片方は「これが私」と生きようとする。もう片方は、「これがお前だ」と、他人や社会からの評価、枠組みで君を規定しようとする。その二つとも、確かに君ではあるんだが、君が君自身を生きているという実感は、前者の方にしかない。前者の自分に巻付き、縛り付け、成長を妨げる藤の蔓(つる)は、実は後者の自分、影の方の自分なんだ。君の藤は、決して花を咲かせない。おまけに薔薇のようなトゲさえついている。そうして君は君自身を傷つけ始めようとしている。君という木の成長のために、影の蔓も必要ではあるけれど、影を自分だと思ってしまい、主体を影に引き渡してしまったら、もう君に進化は望めない。

 いつかその蔓(つる)を全て刈り取らねばならない時が来る。それは、蔓(つる)に隠れて見えなかった君という木が、順調に成長した時だ。そして、時代も成熟期を迎えた時だ。千年後、僕は必ず君に合図を送るよ。今日、君に会いに来たのは、その時の合図を教えるためだ。そしてもう一つ、蔓(つる)の刈り取りが終わった後に、君が行うべき事柄の合言葉を知らせておくよ。その合言葉が、ゴーサインだ。君が君自身をあらわしていくスタートのサインだからね。それまでは、怒りも悔しさも、どこにもやり場はない。合言葉を聞いたら、それまで溜め込んだ怒りや悔しさを、一気にひっくり返して、外に現してくれ。大丈夫さ。その時は既に怒りも悔しさも裏返っているから、今君が想像するような爆発は起こらない。

 

 さて、合図だね。これについては、天竺よりさらに西のかなた、エジプトの神話について話さなければならない。

 

続く