第二章

 私があなた様を見つけた時、私は少し慎重になり過ぎました。もしも人違いであったら・・・と、数日躊躇していたのでございます。それが間違いの元でございました。何者かに勘付かれてしまったのでございます。

 私が眠っているあなた様の夢の中に私の記憶を移した瞬間、その記憶は夢ごと摩り替えられたのでございます。

 夢を操る法が有ることは存じておりました。私ども一族よりよほど巧く夢や気を操る一族はごまんとございます。

 そもそも私どもは、操る事を好みませぬ。この度の夢の摩り替えは、あなた様が見た、摩り替えられた方の夢をよくよく思い起こせば、何者の仕業かは凡そ察しがつきましょう。

 それに、盗まれた夢についての心配はございません。あの夢に移された記憶は、あなた様以外の何者にも読み解く事はできませぬゆえ。

 なに、誰に見られて悪いものでもござらぬのに、やれ秘伝だのと勿体ぶるゆえ、何か良い物のように崇められたり盗まれたりするのでございますよ。誠に愚か極まりない。それよりも、酷く苦しい夢を見させられたあなた様が、私は心配でございました。何と言っても、数百年に及ぶ悪夢でございましたから。

 

 

 

 私はあなた様に真実をお伝えしたい一心で、この25年間あなた様のお側に付き添って参りました。

 夢と申しますものは現実の生活に多大な影響を及ぼすものなのでございます。人は皆、日中の生活と眠りの生活の二つの世界を行き来しているのでございます。どちらもその人の生活でございますので、互いに影響し合い、己が命を育でおります。夢とは、眠りの生活から日中の生活へと送り出される手紙のようなもの。あなたがたの今の言葉で申せば、ビデオレター・・・それも暗号、暗喩を用いた便りでございますな。

 それを、夢の技法などを用いて他人の夢と摩り替えるという事は、盗み以上の罪でございましょうて。

 あなた様が摩り替えられた夢を私にはどうする事も出来ませなんだ。何故ならば、あの時、私が自分の記憶のすべてをあなた様の夢に送り込んだ時、私は私の持てる力の多くを使い果たしてしまったからでございます。その意味では私も夢の技法を用いたという事になりますが、それは摩り替えや盗みではございません。私とあなた様は非常に近い存在でございます。私はあなた様の一部・・・と申しても良いかも知れません。今のあなた様にはこの言葉の意味がお分かりになるでございましょう。

 

 

 私はとても心配でございました。夢を摩り替えられたあなた様は、それ以降他人の夢を生きる事になるからでございます。他人の夢を生きるという事は、自分の生命を育まないという事でございますよ。

 夢を盗まれた者は、その後どう生きて良いのやら分からなくなり呆ける場合もございますし、他人の夢をあてがわれた者はもがき苦しみ、「我の人生とは何であったか」と疑いながら死んでゆく事になりましょう。

 夢を盗み、他人の夢で栄華を誇ろうとも、それでは自分の生命を育んだ事にはならず、次の太陽の世に種を残せないのでございます。私たちが今の太陽の世で育んだ命は種となり、次の太陽の世の森羅万象となるのでございます。

 例えばこんな言い方もできましょう。乙女の恋心が可憐な花になると・・・、よしや叶わぬ恋であっても、一途に想いを寄せ、相手をいたわる行いが、それはそれは美しい花咲き乱れる草原になるのだと。それこそが生まれ変わりの真意でございます。

 今の太陽の世で私たちが受け取っております自然はすべて、前の太陽の世の人々の想い、行いの結果なのでございます。そして私たちは今の世で、次の世の人々が受け取るべきものの原因を作っているのでございます。

 

 夢の技法に限らずとも、風や木や石、果ては虫や鳥などを使役する呪術使いは皆、自らの生命を健やかに育む事ができず、次の世の種とはなれません。

喜びも悲しみも、恨みや怒りでさえ、自らの生命の糧としたならば、原初の機械に息吹を吹き込む最初の血の種となれましょう。

 種となれなかった人々の想いや行いのゆく末について、私は多くを存じません。何でも地下深く潜り、闇の中で永遠の眠りにつくのだとか、無に帰すのだとか聞いておりますが、命の循環から外れたものについては、めぐり続ける命の中からはもう伺い知る事さえ出来ぬのでございます。

 あなた様は、他人の悪夢を与えられたにも関わらず、よくぞそれを受け止め、苦しみもご自分の生命の糧となされました。25年かけて打ち克たれたのでございます。げに、嬉しうございます。

 

 今の太陽の世は、もうすぐ終わりますな。血の螺旋がだいぶほどけてきておりますゆえ。この世の終わりは次の世の始まりでございまして、それは命でしっかりと繋がれております。これが輪廻転生と申すもの。

 人々の懸命に生きる姿は、素晴らしい自然を見事に生み出してゆかれるでしょう。もう古い血がなくとも、新しい息吹の種が芽ぶき始めておりますゆえ。

 

続く